音楽&オーディオの小部屋

クラシック音楽とオーディオが主体です

「音楽&オーディオ」に夢中になる理由~前編~

春になったとはいえ、ここ2週間余り何だか肌寒い日が続いている。今朝(19日)の起床時の室内温度はといえば何と14度だった。18度以下だと不調を来たしやすいとのことで要注意~。

さて、先日のこと「お父さん、ちょっと耳が遠くなったんじゃないの、お医者さんに行ってみたら~」と家内がほざいた。

「エッ、エッと“しかめっ面”をしながら何回も聞き返す回数が増えた」というのがその理由だが、「バカ言え!」とムキになって言い返したものの内心ドキリ。

もちろん、医者なんかに行く気はサラサラないが思い当たる節はある(笑)。

どなたでもそうだが老化現象によって耳が遠くなるのは紛れもない事実だし、高血圧や糖尿病などの持病によっても症状が加速すると言われている。

それも、耳の中にある有毛細胞の疲弊によって「高音域の聴き取り」に顕著な影響が出るという。

自分にとって「音楽&オーディオ」が楽しめなくなったら生きている甲斐がないと思っているので、「耳」の機能はまさに「生命線」である。

フランスの哲学用語では、これを「レーゾン・デートル」というそうな。

我が家では、このところやたらに「低音域」に対して神経過敏になりだしたのも、高音域の聴き取りが鈍くなった反動かも知れない。

ただし、仮に命が尽きる間際まで耳の機能が衰えないとすると、この世に未練が残り過ぎても良くないと思うので、これらを考え合わせると老人性難聴は神様の思し召しかもしれないと多少なりとも自分自身を納得させている。

それにしても、こんな耳でよくもまあオーディオについて語れるもんだと思うけど、独り勝手に楽しんでいるだけなので誰にも迷惑をかけていない積りだが、はたしてどうかな・・(笑)。

それはさておき、こうまでして何のためにかくも夢中になって「音楽&オーディオ」に取り組んでいるんだろうと思うことがときどきある。

その理由を改めて整理してみることにした。

1 自己実現の道具

これまでの人生を振り返ってみると、学問にしろ、社会的な地位や名誉にしろ、さらにはお金の稼ぎっぷりにしろ何もかもが中途半端だったことは否めない。

外野席からは、「五体満足で何とか食っていけるだけでもありがたいと思え、贅沢を言うな!」と叱られそうだが、人一倍貪欲な性格が災いしているのだろうか(笑)。

まあ、そういうわけでせめて50年以上一貫して取り組んできた大好きな「音楽&オーディオ」だけは何としても成就(満足)した状態で心おきなく人生を終了させたいという思いが常に頭の片隅にある。

そして、今のところこの道程の「到達度」といえば、「山登り」にたとえると自己採点だがようやく「9合目」に差し掛かったところかなあ・・。

しかし、こういう価値観が世間さまに一般的に受け入れられるかどうかはまったく自信がありませ~ん(笑)。

次に「音楽&オーディに夢中になる」理由の2番目について・・。

以下、長くなるので次回以降へ続く。

なお、この「夢中になる理由」に関して気が向いた方は遠慮なく思いの丈を書き記してメール(メルアドは自己紹介欄にあり)でお寄せください。歓迎します。ご相談によってはこのブログに転載させていただきます(匿名可)。

ん、原稿料ですか・・。内容次第なので別途、協議といきましょうや(笑)。



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